クラーク博士像の右手はどこを指す?羊ヶ丘と北大の謎を徹底解剖
北海道観光の象徴として誰もが一度は目にしたことがある「クラーク博士像」。右手を斜め前方に高々と掲げたあの特徴的なシルエットは、北海道の開拓者精神を象徴するアイコンとして定着しています。しかし、右手が具体的にどの方角を指しているのか、そしてなぜあのポーズをとっているのかについて、正確な背景を知る人は多くありません。
実は、札幌市内には全く姿の異なる2つのクラーク博士像が存在します。観光ポスターでおなじみの全身像がある「さっぽろ羊ヶ丘展望台」と、歴史の重みを静かに伝える「北海道大学構内」の胸像です。滞在期間わずか8カ月あまりのアメリカ人教育者が、なぜ150年近く経った今も人々を惹きつけ続けるのか、その造形の秘密と歴史的ドラマに迫ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:右手が指す方角に特定の地名はなく、「遥か彼方にある理想・未来」を指し示している。
- 要点2:有名な全身立像は「さっぽろ羊ヶ丘展望台」にあり、北海道大学構内にあるのは厳粛な「胸像」である。
- 要点3:わずか8カ月の滞在で近代日本の礎を築いた功績と、「大志」の言葉に込められた真意が像に宿る。
【ポーズの真相】右手を掲げて指差す方角に隠された意外な意味
広大な牧草地と札幌の街並みを背景に、コートの裾をひるがえして右手を伸ばすクラーク博士像。観光客の間では「故郷アメリカを指している」「札幌の中心部を指している」といった俗説が語られることも少なくありません。しかし、彫刻を手がけた北海道出身の彫刻家・坂坦道(さか たんどう)氏の意図は全く別のところにありました。
制作者が込めたメッセージは、「遥か彼方にある高い理想(大志)を指差している」というものです。特定の建物や方角を指しているのではなく、若者たちが見据えるべき未来の地平を全身で指し示しています。右手の力強い伸び、風をはらんだようなロングコートの造形は、フロンティアを切り拓く気迫と情熱を視覚化した結果生まれたデザインです。
さらに、博士の足元には「丘の上のクラーク」という正式名称が刻まれています。右手の指先を追うように視線を上げると、視界いっぱいに石狩平野と広大な北海道の空が広がる設計になっており、訪れた人々自身が「大志」を感じ取れる空間演出が施されています。
【徹底比較】羊ヶ丘展望台の「全身立像」と北海道大学の「胸像」はどう違う?
旅行者が最も混同しやすいのが、クラーク博士像羊ヶ丘展望台の立像と、クラーク博士像北大胸像の存在です。「テレビで見た全身像を見ようと北海道大学に行ったら胸像しかなかった」という体験談は後を絶ちません。両者には明確な歴史的・造形的な違いがあります。
羊ヶ丘と北大クラーク像の違い比較を整理すると、その誕生経緯の違いが際立ちます。
北海道大学の胸像は、札幌農学校の創立50周年を記念して1926(大正15)年に初代の像が建立された歴史的なシンボルです。戦時中の金属供出によって一度失われたものの、1948年に彫刻家・加藤顕清氏の手によって再建されました。深い思索をたたえた表情でキャンパスの緑に溶け込む姿は、学問の府としての威厳を漂わせています。
一方、羊ヶ丘展望台の全身立像は1976(昭和51)年、札幌農学校開校100周年とアメリカ建国200年を記念して建立されました。北大構内に押し寄せる観光バスや旅行者で教育・研究環境が圧迫されたことを受け、観光客が心置きなく記念撮影できる新名所として整備された背景があります。
【知られざる歴史】ウィリアム・スミス・クラークの経歴と札幌農学校初代教頭の功績
銅像のモデルであるウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark)博士は、マサチューセッツ農科大学の学長を務めていた農学者・植物学者であり、南北戦争では陸軍大佐として戦った異色の経歴を持ちます。明治政府の強い要請を受け、1876(明治9)年7月に札幌農学校(現・北海道大学)の初代教頭(事実上のトップ)として着任しました。
驚くべきは、クラーク博士が札幌に滞在したのはわずか8カ月半に過ぎないという事実です。この短期間で博士は、北海道の農業技術の近代化だけでなく、学生たちの人格形成に決定的な影響を与えました。
博士が掲げた校則は極めてシンプルで、「Be gentleman(紳士たれ)」のただ一言でした。細かな規則で生徒を縛るのではなく、自律的な判断と高い倫理観を求める教育方針を徹底。その精神は、のちに世界的思想家となる内村鑑三や新門(新渡戸)稲造ら第2期生を含む多くの俊英へと引き継がれ、近代日本の精神的支柱を育て上げました。
【名言の由来】「少年よ、大志を抱け」の誕生秘話と別れの瞬間
日本で最も有名な英語フレーズの一つである「少年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious)」。この言葉が生まれたのは、1877(明治10)年4月16日、博士が任期を終えてアメリカへ帰国する別れの日のことでした。
見送りに集まった教え子や教職員とともに札幌から約20キロ南下した島松駅逓所(現在の北広島市島松)で、博士は馬にまたがります。涙を流して別れを惜しむ学生たちに対し、手綱を握った博士が最後に投げかけた言葉がこの名言でした。
現在伝わる記録では、このフレーズには続きがあるとされています。博士が真に伝えたかったメッセージの全貌は、「金銭や私利私欲のためではなく、人間としてあるべき姿を備えるために大志を抱け」という、高潔な人格形成を促す熱烈な激励でした。像の右手が示す先には、目先の利益ではなく人間としての気高い生き方が示されています。
【現地取材ガイド】アクセス・さっぽろ羊ヶ丘展望台の入場料とベスト撮影スポット
札幌観光でクラーク博士像を訪れる際は、それぞれの施設特性に応じたアクセス方法と見どころを押さえておくのがスムーズです。
さっぽろ羊ヶ丘展望台へのアクセスと見学情報:
地下鉄東豊線「福住駅」から北海道中央バス(福84・羊ヶ丘線)に乗車し、約10分で終点「羊ヶ丘展望台」に到着します。札幌駅周辺からの直通バスも季節運行されています。さっぽろ羊ヶ丘展望台の入場料は大人600円、小・中学生300円です。
現地はクラーク博士像写真撮影スポットのメッカであり、博士と同じように右手を斜め上に掲げる「クラークポーズ」での撮影が定番です。台座のポストには、将来の夢や目標を紙に書いて投函する「大志の誓い」が設置されており、再び訪れた際に過去の自分と対話できる人気の体験型企画となっています。
北海道大学構内の胸像へのアクセス:
JR「札幌駅」北口から徒歩約10分、または地下鉄南北線「北12条駅」から徒歩圏内に位置します。キャンパス内は原則徒歩での散策となり、緑豊かな古河講堂の近くにひっそりと佇む博士の胸像を間近で鑑賞できます。こちらは大学の教育施設であるため入場料は無料ですが、学生の学業の妨げにならない配慮が必要です。
【クラーク博士像】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:羊ヶ丘展望台と北海道大学、観光で行くならどちらがおすすめですか?
A1:開放的な景色とともに有名な全身像と並んで写真を撮りたい場合は「羊ヶ丘展望台」、歴史的な大学建築や銀杏並木の散策を静かに楽しみたい場合は「北海道大学」が適しています。旅程に余裕があれば、両方を巡って表情や雰囲気の違いを比べるのが最も深く楽しめます。
Q2:羊ヶ丘展望台のクラーク博士像は冬でも見学や撮影ができますか?
A2:年中無休で営業しており、冬期も除雪が行われているため間近での撮影が可能です。冬には白銀の雪原をバックにした博士像を見ることができ、グリーンシーズンとは一味違う幻想的な風景が広がります。
Q3:クラーク博士の像は札幌以外にもありますか?
A3:別れの地となった北広島市の「旧島松駅逓所」や、北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの植物園内、さらには博士の母校であるアメリカ・マサチューセッツ大学アマースト校にも記念碑や像が建立されています。
まとめ:北海道のシンボルに込められたフロンティア精神
さっぽろ羊ヶ丘展望台に立つクラーク博士像は、単なる観光記念碑にとどまらず、未開の地に挑んだ先人たちのフロンティアスピリットと、未来を担う若者たちへの普遍的なエールを体現しています。右手が指し示す「遥か彼方の理想」は、時代が移り変わっても色褪せることはありません。
現地を訪れた際は、風光明媚な景観を味わうとともに、わずか数カ月の滞在で北の大地に深い足跡を残した教育者の情熱に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。 (出典: クラーク 博士 像(Yahoo!ニュース))